Valentine's Day

「チョコ、楽しみにしているよ!」って。
そう言って、微笑みかけられた彼の優しい笑顔が、私の心を今も占領している。
その微笑みが私にだけに向けられたものでないとわかっていても。

バレンタインが近づくと、街は春色に浮き足立つ。
女の子たちがチョコレートを選ぶ姿を見ていると、ドキドキしてくる。
いつもチョコを渡す勇気がなくて・・・・・。
今年もまた同じことを繰り返してしまうのかなぁと思ってしまうのだけれど。

もう部活も終わるから、一緒に帰ろうと生物部に顔を出していた時のこと。
「ねぇ、これから、チョコ買いに行かない?」
そう、私、中橋璃彩(ナカハシ リサ)に声をかけてきたのは、親友の谷澤瑞貴(タニザワ ミズキ)。内向的な私と違って、明るく社交的な彼女。
たまに思ったままのことを言い過ぎてしまうところが彼女の欠点なのかもしれない。
一方、なかなか思ったことを伝えきれずに誤解を招くこともある私。
そんな二人が親友というのも、驚かれそうなくらい共通点が見つからないような二人。
まるで太陽と月のような二人だけれど。
「これからぁ? いいよ。もうすぐ、バレンタインだもんね。」
「璃彩、今年も、智にぃと洸さんにしか、チョコあげないの?」
「うーん、洸さんには、あげないと思う。」
「あ、そっか。ごめん。洸さん、彼女いたんだよね?」
「いいよ、別に。もう気にしないって、決めたから。」
璃彩の兄である中橋智明(ナカハシ トモアキ)の友人でもあり、大好きだった川嶋洸(カワシマ コウ)の事を考えると、沈みがちになる。
憧れていた洸。自分のことを彼女と思ってくれていると思っていたのに、
妹みたいにしか思われていなかったなんて・・・・・。
自分が書いた手紙(この場合、ラブレターというべきなんだろう)を、二人だけの秘密と思っていたのに、
友人たちに見せていたことを知ってしまった。
そのことにショックを受けて、璃彩は、しばらく人を信じられなくなっていた。
智明が「洸はやめとけ! 洸だけはやめとけ!」って、言ってくれてたのに。
傷ついてからしか、その言葉の意味がわからないなんて。
もうこんなに傷つくのなら、恋なんてしたくないとさえ思っていた。
璃彩は、洸とのことで、恋愛に対してより一層臆病になっていた。

「そういう瑞貴は、先生にしかあげないの? 先生オンリーだもんねー。」
「あったりまえじゃん!」と、自信たっぷりに瑞貴は言う。
「頑張るよねー、瑞貴は」
「そりゃね! 先生に私の愛を受け取ってもらうのよー。」
「先生も、喜んで受け取ってくれるから、いいなぁー。今年はどんなチョコをあげるの?」
「可愛いクマさんのチョコを、この前、見つけたんだぁ。それにしようかなぁって。」
「先生にクマさん? なんか似合わなさそうー。けど、先生、甘いもの大丈夫なの?」
「なんだって、私からの贈り物は喜んでくれるに違いないから、大丈夫よ!」
「全くー。その自信はどっからくるんですかね? 羨ましいよ。」
「そういう璃彩は、智にぃ以外にあげたい人いないの? 私たちの間で、隠し事はなしだよ!」
「隠してなんか・・・・・。実は、あげたいと思っている人、いる・・・・かな。」
言おうか、言うまいか悩んでいた璃彩は、ごにょごにょと言いにくそうにしている。
「えっ?誰? 教えなさいよ!」
意外な言葉が返ってきた事に驚いた瑞貴は、璃彩に問い詰めようとする。
「ダメだってー。だって、まだ、あげるって決めたわけじゃないもん。」
「応援してあげるから! 絶対にあげなさいよ!」
「う、うん。でも、受け取ってもらえないかもしれないし。」
「大丈夫。私が受け取らせる!」
「えぇー。それじゃ、瑞貴があげるみたいじゃん。」
それもそっかぁと、二人、顔を見合わせて爆笑した。

結局、その日、瑞貴はちゃっかりお目当てのチョコレートを買ったのだけど、
璃彩は、悩みに悩んだ挙句、何も買えずに帰った。

瑞貴には、ああ言ったけど、本当はまだ悩んでいるんだよね。
まだ、自分のこの気持ちが恋なのかどうかもわからないし。
もし、チョコを受け取ってもらえなかったりしたら・・・・・。
もし、私からのチョコを迷惑だと思われたりしたら・・・・・。
明るく笑いながら友達と話をしている彼を、ちょっと離れたところから見ているだけでいい。
恋なんかして、また傷つくの、怖い。
先生に本気の恋をして、楽しそうに先生の事を話す瑞貴が羨ましい。
私も瑞貴みたいに、明るく積極的に話せたらいいのにな。
そうしたら、何かが変わったかな?
いつまでも、待ってるだけじゃ何も変わらないことは分かっている。
一歩踏み出す勇気、私にあるかな?

いつも瑞貴と一緒にいることが多い璃彩が、珍しく一人で本屋の料理本のコーナーにいた。
やっぱり、チョコレートをあげようかと迷っていた璃彩が、
「もらえるなら手づくりのチョコがいいなぁ」と、彼が話していたのを聞いたからだ。
あげる、あげない、どちらにしても、手づくりもいいなぁと思っていた璃彩は、
いろんなレシピ本を見ながら、何がいいか迷っていた。
「あれ? 璃彩ちゃんじゃない?」
「あ、こんにちは、祥子さん、お買い物ですか?」
声をかけてきたのは、髪の長い綺麗な女性。
智明と同い年なのに、大人びてみえるその女性は、洸のバンド仲間でもある藤井祥子(フジイ ショウコ)。
かっこよくて誰からも好かれている祥子は、璃彩にとって憧れである。
そんな祥子といるだけでもドキドキしてしまうのに、友達のように話していることに驚く璃彩。
「ううん、私は暇つぶしよ。璃彩ちゃんは何か探しもの?」
「えぇ、まぁ。」と、言葉を濁すが、手にはしっかりチョコレートのレシピ本。
「バレンタインに手づくりするのかな?」
「・・・・はい。でも、何がいいか分からなくて、迷ってたんです。」
「なるほどー。璃彩ちゃん、お菓子作るの、得意?」
「いえ、得意って程ではないんですけど・・・・・。でも、なんか素敵なのがないかなーって思って。」
「うーん、そういうのは、自分が食べてみたいものを作るのがいいよ。」
「自分が食べてみたいもの・・・・ですか?」
「そう。自分が食べたいものだと、美味しく作れるから。」
「なるほどー。そうですよね! 形や見栄えじゃないですね。」
さっきまで、どうしたらいいか迷っていたのに、祥子に誘導されるように璃彩の心からは迷いがなくなっていた。
「そうそう。私のオススメのレシピ、教えてあげようか?」
「え?! 本当ですか?」
「もちろん。その代わり、私にも璃彩ちゃんが作ったチョコ、くれる?」
「え、いいですけど?」
「だって、私が食べたいチョコのレシピを教えてあげるんだから。」
と、ちょっと訳のわからないことを言われ、祥子の言われるがままにメールアドレスを交換し、レシピを教えてもらうことになった。

「璃彩ちゃんのメアド、教えてもらっちゃったね! これで智明を通さなくても璃彩ちゃんとお話できるね!」と
ご機嫌な祥子に言われ、嬉しくて、つい「はい!」と璃彩は答えた。
(なんで? 私と話?)と不思議に思った時には、もう祥子は本屋を後にしていた。

祥子に教えてもらったレシピは、思いのほか簡素で、失敗なく作れそうなものばかり。
いくつかのレシピの中から、コレがいいなー、食べたいって思ったのを作ることにした。

やっぱり祥子さんて、すごい。こんなに美味しそうなレシピ、教えてもらえて、私ってラッキーかも!
誰かにプレゼントするためのお菓子つくりって、初めてだったから不安だったんだよね。
でも、もらってくれるのを想像しながら作るのって、こんなに楽しかったんだー。
こんな気持ちになれるのも、彼のおかげかもしれない。
やっぱり、彼にチョコ、渡せるといいな。
頑張って手づくりした、私からのチョコ、受け取ってくれるかなぁ。

「甘い匂いがするなぁって思ったら、璃彩がチョコ、作ってたのか?」と智明がキッチンをのぞく。
「あ、智にぃ! つまみ食いはダメだからね!」
「コレ、全部、俺んじゃないの?」と、冗談半分に言う智明。
「なんで、こんなにたくさん、智にぃのためだけに作るのよ!」
「え? 今年のバレンタイン、お前、誰かにあげるのか?」
失礼ね!と文句を言いつつも、表情はご機嫌なままの璃彩。
「祥子さんにあげるの!」
「祥子・・・・だけ? でも、なんで祥子?」
「レシピ、教えてもらったからだよ。智にぃにもあげるよ?」
「それにしても多くないか?」
作られたチョコの数を見て、不思議に思う智明。
さすがに誤魔化しきれないと思った璃彩は、
「あとは、ナイショ!」
「お前、好きなヤツができたのか? 誰だ、そいつは?」
「だから、ナイショ!」
「俺も知ってるヤツか? 気になるなぁ。」
あんな事があったから洸にあげるわけじゃないだろうしと考えてみても、智明には心当たりは思いつかなかった。

私がチョコレートをあげたいと思っている彼は、テニス部の人気者。
いつもたくさんのお友達に囲まれて、楽しそうに笑っている。
その彼に、出会ったのは・・・・・・ちょうど、洸さんとの事があった後の頃。

智明に連れられて行った、テニス部の大会。
友達に頼まれた新聞部の取材とか言ってたけど、あれは、多分うそ。
だって新聞部の取材なら写真を撮るはずなのに、撮ってなかったし。
その後、この記事書いたの、俺だぜ!って言ってなかったもん。
すっごく面倒くさがりだから、友達に頼まれたくらいで取材になんか行かないだろうから、
あれは、きっと洸さんとの事でふさぎこんでた私を外に連れ出そうとしてくれてたんだ。
まぁ、本当に友達に何か頼まれてはいたみたいだけどね。
「お前、勝利の女神だろ? 応援してやってくれよ!」って。
そりゃ、小さい頃、従兄弟の野球の試合を私が応援に行くと、私が応援するチームは負けたことがなかったけど。
「そんなの偶然じゃん!」と、笑おうとする私に、
「それでも、応援してやってくれよ!」って、私を元気付けるように言ってくれた。
だから、私も自分も元気が出るように応援していた。
その時は、テニス部の人たちのこと、あんまり知らなかったけど。
でも、応援しているうちに、だんだん夢中になって。
気付いたら、一人の選手から目が離せなくなっていた。
その時は、ただ、なんとなく気になる存在・・・・・。
その後、学校の中でも、気がつくと、彼を探している自分がいたのよね。
最初は彼の姿を見れるだけで嬉しかったのに。
どんどん欲張りになっていく自分がいた。
友達になりたい、一緒にお話したい、もっと彼のことが知りたい。
そして・・・・・そばにいたい。
あの素敵な笑顔を私にだけ、見せてくれないかな。

やっぱり、これって恋なんだよね?
これが恋・・・・・・。
始まったばかりの恋、大切にしたい私の小さな気持ち。

「チョコ、楽しみにしているよ!!」
そう言って、微笑みかけられた彼の優しい笑顔。
その微笑みが私にだけに向けられたものでないとわかっていても
チョコレートをあげたいって思わせてくれた。
私に勇気をくれたんだ。
お友達とどっちがたくさんチョコをもらえるか競争しているみたい。
その一つに数えてもらえるだけでもいい。
だから・・・・・・。

初めてあげる手作りのチョコ。
今日は、渡せるだけでも幸せかも。

  井坂くん、迷惑でなければ、もらってください!!


超短編だったものを、お話らしく書き直してみました。
今後のことも含め、ちょっと色をつけて・・・・。
こんなんでいいのかなーと思いつつ。
そして、今もって謎なのは、どうやってチョコを渡したのか?
とにかく無事に渡せたということで。細かいことは気にしないでおきましょうかね?w
 2010.03.09

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